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今更ながら映画「シンゴジラ」のこと

最初に劇場で「シン・ゴジラ」を見に行ったのは8月の頭です。それから6回見て自分なりに納得して円盤を待っていますが、これから海外で上映が始まるので、海外の友人にも見てもらいたいと推薦するために書きます。(あとで訳します)

 

そもそも特撮映画やアクション映画に興味がなく、リアルな人間ドラマの映画が好きなタイプです。リアル7割、フィクション3割くらいに感じないと入り込めないため、「特別な世界」や「特別な力」が最初から設定にあると「無理……」となります。それが「巨大不明生物」なんて!


おまけになんとなく「エヴァンゲリオン」を見ないでここまで生きてきたので、封切りの段階では上映することだけ知っていた程度なのですが、ネットで「これは日本的な会議と書類でゴジラと戦う話だ」という評を見かけて、「ちょっと待って、会議の映画なら大好きなんだけど?」と急に引っかかり、その日がたまたま休みだったこともあって、平日の夜に地元の映画館で見ました。

 

前半一時間、ゴジラが淡々と引き起こす被害に青ざめ、震え、涙が止まらなくなり、中盤の惨状でしゃくりあげ、後半で手に汗にぎり、安堵し、喝采し、最後の赤坂先生のセリフで再び泣き崩れた感情の動きが忘れられません。

私は素直にこの映画を「災害」「復興の映画」と捉えましたし、生まれも育ちも東京なので被害に合う場所への想いも強く、自分がどの時点で何をしているだろう、ちゃんと逃げられるだろうか、あの場所だと友人があぶないのではないか、家族を連れてどこへ避難するべきか、と考えながら見て、ゴジラが憎くて、私の生まれ育った大事な風景を焼き尽くしたゴジラが憎くてたまらなくて、実は蒲田くんとか未だにかわいいと思えません。


そしてまた、この映画を「人を信じている人たちの話」だと思いました。フィクションの中では悪人に描かれることの多い政治家や官僚が、それぞれのスタンスから他人を信じていました。初盤はコミカルに揶揄されていた閣僚たちの悔しがる横顔や、火の海を見下ろす大河内総理の背中、はたまた避難を誘導する人のひとりひとりに涙が溢れました。端的に言うと「愛の映画」だと思いました。

巨災対チームのみなさんはもちろん誰も彼も大好きです。好きなので一人ずつ延々と妄想することも語ることも出来るので胸の内でやっています。(それからカヨコの英語についてこだわるのは謎だし野暮だなと思います。私はこの頃しばらくカヨコっぽく英語を喋るブームでした。わかってもらえないので寂しい)

 

この映画は鏡のように見た人の内面を映し出して感想に反映される、と言われていますが、優れた演出というのはそういうものなのかもしれません。私はこの映画を東京に特化されているとは思いますが、日本をことさら美化しているとは思いません。自衛隊は総力戦をしますが、防衛のためです。日本社会の現実を描いているため、男女比はあんなものです。地震津波・核攻撃・原子炉事故という要素は日本にまつわるものだと思います。私たちは現実にそれらを抱えて生きています。何度も壊滅状態に陥った地域が復興してきた、という現実があのセリフに込められていると思います。誰が加害者で誰が被害者という話でもありません。現実はもっと複雑で、いくつもの正義が絡まり、理不尽にさらされ、逃れる事はできません。

まったくリアリティの感じられない映画でそこから逃れるための作品もあれば、現実の肌触りを感じさせながら希望を思い出させてくれる作品があり、私にはそういう作品が日々を生きる力になります。


そういうわけで初めて見た時から毎週末通い、ネットで知った細かいところや判別できなかった役者を確認するようになりました。今これを書いている10月でもまだ上映していますが、今の日本は画期的なことに邦画が争うほどヒットしていて、私の見える範囲でシン・ゴジラ」をまだ見たことがない人というのは頑なに「ただの怪獣映画」というスタンスを崩さないタイプのようなのでこれ以上は無理かな、と思っていますが、直接だけでも8人は説得して映画館へ見にいくよう薦めて、実際見た後は「強く推してくれてありがとう!」と喜んでもらえたのでほ満足しています。

このあと初代ゴジラを見ましたし、特撮映画とはなんぞや!というのを調べまくりました。(結果、現在の実写アクション映画ほとんど特撮映画の範疇だということも知りました。そういう映画を避けてきていました)


ちなみにエヴァンゲリオンも全部見ました。漫画も読みました。詳しい人に解説してもらいながら見たのでわからないこともすぐ教えてもらえて面白かったです。シン・ゴジラのおかげで自分の興味なかった範囲を知ったことも嬉しく思っています。

 

映画『シン・ゴジラ』公式サイト